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出演:雅楽道友会(ががくどうゆうかい)

「雅楽(ががく)」
今日でいう雅楽とは上古より日本人が培ってきた「国風歌舞(くにぶりのうたまい)」、アジアの各地で発祥し、大凡、1500年前より我国に順次伝えられ、平安中期に整えられた「唐楽(とうがく)」、「高麗楽(こまがく)」、平安中期に作られた「朗詠(ろうえい)」、「催馬楽(さいばら)」等の歌曲に分けられます。
 平安時代中期に最も隆盛し、その後、幾度か存続の危機はありましたが、京都、奈良、大阪の三方で継承されてきました。現在は宮内庁式部職楽部を中心に全国の神社寺院や雅楽団体により継承されています。

雅楽道友会

●「陵王(りょうおう)」の舞

この舞は、唐楽の走舞(はしりまい)のひとつで、ある史実をもとにして作られました。その史実とは次のようなものです。

雅楽道友会

【今から大凡1500年前の中国の南北朝動乱期に北斉(ほくせい)という国がありました。その国の王である蘭陵王長恭(らんりょうおうちょうきょう)は、才知武勇に優れた人物であったが、容貌があまりにも美しかったために、戦において敵を威圧できないばかりか、味方の兵までも戦をせず王を見ようとして士気が上がりませんでした。そこで自ら龍を冠った恐ろしい面をつけ陣頭に立って戦い、遂には周(しゅう)の大軍に勝利を収めました。】

以後、味方の大勝利を祝いこの戦の様子を舞にしたと伝えられています。

●「納曽利(なそり)」の舞

この舞は、高麗楽の二人で舞う走舞(はしりまい)です。

雅楽道友会

由来は不明ですが、雌雄の竜が湖畔で楽しげに遊ぶ姿の舞といわれ、先程の陵王とは兄弟舞であり、専門用語でいうと番舞(つがいまい)という事になります。

古くから競馬(くらべうま)などの勝負時に先程演奏いたしました陵王と共に奏されてきました。


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